STORY

沖縄での新たなミッション――僕らにしかできない“価値の創造”

夢と現実の狭間

「学歴よりも、やる気と根性で稼げる」――そう信じて飛び込んだ不動産の世界。

10代最後の年に、僕は人生を一変させる気持ちで、地元・大阪の不動産会社の門を叩きました。

そこから数年が経過し、21歳を迎えたある日、同僚から
「新しく立ち上げる会社で一緒に働かないか?」
と声をかけられました。

そこで出会ったのが、後にRE/MAX L-Style兼RE/MAX HUBのオーナーとなる大西さんです。その会社では、約3年間フルコミッションの世界に身を置き、努力がそのまま収入に直結する環境に大きなやりがいを感じていました。

ただ次第に、仕事間でのトラブルや人間関係のストレスに疲れ、不動産業そのものに嫌気が差してしまったんです。

そこで、一度この業界から離れる決断をし、次に選んだのは大手クレジットカード会社の販売職。親切な人たちに囲まれ、整った職場環境での日々は穏やかでしたが、同時にどこか満たされない気持ちがありました。

“決まった商品を売る“というスタイルに、やりがいを感じられなかったのです。

そんな想いを抱えていたとき、かつての不動産時代の上司から
「一緒にやらないか」
と声をかけられたことを機に、再び不動産の世界に戻ることを決意。

そして28歳のとき、ついに自分の会社を設立しました。

この業界に飛び込んだときから描いていた、
「いつかは自分の看板で勝負したい」
という夢を、ようやく実現することができたのです。

しかし、現実は想像以上に厳しいものでした。

社員1名とアルバイト数名を雇用していたものの、売上の大半は社長である僕一人で支える日々。結果として赤字経営が続き、責任とプレッシャーに押しつぶされる寸前で、5年目には体調を崩してしまいました。

そのタイミングで事務所を閉じる決断をし、6年目からは一人で活動を続ける道を選択。

ちょうどその頃から、大西さんと再び連絡を取るようになり、経営者同士よく飲みに行く関係に。

この再会が、僕にとってRE/MAXとの出会いであり、大きなターニングポイントとなったのです。

運命を変えた一夜

当時、大西さんは自身が経営する不動産会社を手放し、数年前にRE/MAXに加盟。大阪でRE/MAX L-Styleを立ち上げ、オフィスオーナーとして新たな一歩を踏み出していました。

そして次なる挑戦として、RE/MAX OFFSHONAL(広島県広島市)のオーナー沖原さん、古くからの友人である高須賀さんと共に、沖縄へ新たなオフィス「RE/MAX HUB」を始動させる計画を進めていたんです。

そんな矢先、大西さんから突然、こんな言葉を投げかけられました。

「おまえ、不動産免許をおろしてたら、RE/MAXになられへんで!」

最初は冗談だと思っていましたが、その後何度も、

「沖縄のRE/MAX HUBでマネージャーをやってくれへん?」

と本気で誘われるように。

とはいえ、自分の会社もある中で、沖縄に移住するなんて現実的に考えられません。

「いやいや、それは無理やって。てか、俺の免許番号、あんたのとこより長いねん(笑)」

と冗談交じりに断っていましたが、本音の部分では揺らぐ気持ちもありました。

「このまま町の不動産屋として、本当にやっていけるのだろうか?」

そんな漠然とした不安が、心のどこかにはずっとあったのです。

今は紹介営業だけで何とか成り立っているけれど、5年後、10年後もこのスタイルで続けていけるのか。
その不安は年々大きくなっていました。

今振り返れば、そんな話を大西さんに飲みの席で何気なくこぼしていたからこそ、本気で何度も声をかけてくれていたのかもしれません。

そんな彼が新たなチャレンジとして踏み出したRE/MAX L-Styleにも、僕は時々顔を出すようになり、エージェントの方々と接するうちに、ある感情が芽生えたんです。

「ひとりでやっている自分にはない、この“環境”が羨ましい。」

レベルの高い仲間がいて、話すだけで刺激を受ける。
楽しくて、心地よくて、ただそこにいるだけで成長できそうな空気がありました。

今思えばその時点で、“行くべきか、行かざるべきか”、心の中の天秤が動き始めていたのかもしれません。

そして、あの夜のこと。
いつものように大西さんとお酒を飲み、酔った勢いでカラオケへ。

そこで僕は、半ば冗談のつもりでこう言いました。

「会うたびに“沖縄沖縄”ってうるさいから、このカラオケ勝負で俺が負けたら、一回沖縄行きますわ」と。

なぜか、運命に託したくなったんです。
そして――まさかの僕の負け。

その瞬間から、人生の歯車が大きく動き出しました。

話は急速に現実味を帯び、僕は10年間続けてきた自分の会社を手放す決断をし、沖縄で新たに立ち上がる「RE/MAX HUB」のオフィスマネージャーとしての一歩を踏み出すことになったのです。

あの夜、もし僕が勝っていたら、今の自分は沖縄にはいなかったかもしれません。

でも、すべては流れのままに、でも確かな運命に導かれていたような気がします。

あれは、“RE/MAXとしての新しい始まり”。
そして、“僕にとっての運命の分かれ道”でした。

ゼロから広げる僕らの拠点

僕にとって、RE/MAX HUBでの活動はまさに未知の世界でした。

大阪のときは、それなりに知っている人もいて、ある程度勝手が分かっていたんですが、沖縄ではすべてが一からのスタート。
知り合いも、土地勘も、仕事の進め方も、すべてゼロ。

正直、かなりきつかったです。

僕が住んでいるのは沖縄の北部・名護市という地域で、地元の方たちの間では、“移住者にとってしんどい”と言われる場所。

もともと沖縄には、長く続く地元の文化やコミュニティがあり、そこに“外から来た人間”が入っていくのは簡単なことではありませんでした。

「どうやってこの地域に溶け込んでいけるんだろう…」
そんな不安が、最初はずっとありました。

それでも、ここでやっていくと決めたからには、腹を括るしかありません。

僕がまず始めたのは、“お酒の場”を通じた人脈づくりでした。

まずは味方がほしかったんですよね。

いきなり“ビジネスをしに来た”と思われると警戒される。
でも一緒に飲んで、笑って、腹を割って話し、自分を知ってもらえれば、
「あいつ頑張ってるから、みんなで応援しようよ」
と言ってくれる人が現れるんです。

そんな味方を少しずつ作っていったことで、僕一人では行き詰まっていたような場面も、地元の人たちの“ひと声”で、急に道が開かれていくように。

この土地で生きるとは、こういうことなのかと実感しました。

今では、そういう人たちに囲まれ、温かく支えてもらっていると日々感じています。

そしてもう一つ、沖縄に来て大きく変わったことがあります。

それは、大阪時代から付き合っていた彼女と沖縄へ移り住み、それを機に結婚したことです。

仕事も、人生も、すべてが新しい場所で、ゼロから始まった沖縄での新生活。

今、ようやく少しずつですが、自分の居場所ができてきた気がしています。

挑戦の最前線

現在、僕はRE/MAX HUBでマネージャーを務めながら、自らもエージェントとして活動しています。

HUBは3人のオーナーがそれぞれの地域に拠点を持つ、少し特殊な形で運営されており、日々の現場マネジメントは僕が中心となって担っています。

この役割の中で、最も難しいと感じているのが「エージェントの成長をどう支えるか」ということ。

RE/MAXのエージェントは、雇われの会社員ではありません。
そのため、アドバイスはできても、強制はできない。

その自由さこそがRE/MAXエージェントの魅力であり、同時にマネジメントの難しさでもあります。

正解のない問いと向き合いながら、今も毎日が挑戦の連続です。

最近では、オーナー陣と意見を出し合い、試行錯誤を重ねていくなかで、保険会社の方と連携しセミナーを始めました。

そこから新たな出会いやイベントが生まれ、RE/MAX HUBならではの“価値の連鎖”を広げていきたいと思っています。

とはいえ、HUBには兼業のエージェントも多く、限られた時間で活動している人がほとんど。

もちろん、その中で地道に努力を重ねてくれていますが、どうしても結果が出るまでに時間がかかってしまいます。

だからこそ、まずは僕自身がエージェントとして確かなビジネスを築くこと。
そしてマネージャーとして、仲間たちが安心して挑戦できる土台を整えること。

この二つの使命を胸に、目指すのは

「エージェント一人ひとりが安心して不動産を本業にできる未来」。

それは決して簡単な道のりではないかもしれません。

けれど、RE/MAX HUBにしかできない仕事のカタチを見つけていければ、
きっとその未来に辿り着けると信じています。

まだ見ぬその景色を描くために――
今日も僕は、先陣を切って進み続けます。

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