人生とキャリアを主体的にデザインする人へ、「変化の時代を生き抜く資産形成と資産防衛」
ライフスタイル1988 → 2026 | 22の人生ストーリー
皆さんは、何のために資産を築くのでしょうか。
いくらあれば、人生に安心を感じられるのでしょうか。
仕事を辞めた後、どんな人生を送りたいのでしょうか。
そして、もし明日、世界が大きく変わったとしたら――。
皆さんの資産は、その変化に対応できるでしょうか。
このブログでは、会社員として、投資家として、経営者として、
私が38年間のキャリアの中で経験した不動産、金融、資産形成・資産防衛、法人経営、そしてグローバルビジネスの実践。
その成功と失敗を、「22の人生ストーリー」として連載でお届けします。
人生とキャリアを主体的にデザインしたい人に向けた、変化の時代の資産形成と資産防衛。
もし、ご興味があるようでしたら、是非お付き合いください。
人生ストーリーのコンテンツ化
なぜ、私は自分の人生を「物語」にするのか。
人生を振り返る年齢になった。
38年のキャリア。
グローバルビジネス、不動産、株式、海外資産、そして、資産形成。
振り返れば、ずいぶん遠くまで来たと思う。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
むしろ、私の人生を変えたのは、順調だった時間よりも、何かが崩れた瞬間だった。
好きなことばの一つに、「ピンチはチャンス、チャンスはピンチ」がある、まさにこれである。
1992年。
バブルが崩壊した。
当時の私は、それを自分の人生と結びつけて考えていなかった。
1996年。
会社が吸収される前に、キャリアの舵を切った。
2003年。
自分なりに始めた投資で、ビギナーズラックを経験した。
そして、その数年後、2008年。
世界的な金融危機、リーマンショックによって、その甘さを思い知らされた。
2016年。
不動産投資を急拡大した結果、銀行から言われた。
「これ以上の融資はできません」
その瞬間、自分が積み上げてきたものを、初めて真正面から見つめることになった。
でも、不思議なことに、人生の大きな転換点は、いつも「失敗」や「挫折」の中にあった。
だから今、私は自分の人生を一度、物語として整理してみようと思う。
成功談だけを書くつもりはない。
むしろ、
なぜ失敗したのか。
なぜ判断を間違えたのか。
何を恐れたのか。
そして、そこから何を変えたのか。
そこを書いてみたい。
生き方としての「キャリア」と「資産形成」
1988年。
社会人になった私は、グローバルビジネスの最前線に身を置いた。
そこから2026年まで。
約40年近い時間の中で、世界も、日本も、そして私自身も大きく変わった。
仕事で稼ぐ。
資産を持つ。
投資する。
借りる。
増やす。
守る。
そして、また挑戦する。
その過程で、私は少しずつ、
「キャリア」と「資産形成」は別々のものではない
と考えるようになった。
人生―4つの修羅場
このブログでは、1988年から2026年までの私の人生を、22のエピソードに分けて書いていきます。
ただ、22話をいきなり全部読む必要はありません。
まずは、私の人生の中でも特に印象に残っている4つの出来事から始めます。
「4大修羅場」
22の人生ストーリのダイジェスト版です。
バブル崩壊。
会社の危機。
リーマン・ショック。
そして、融資ストップ。
時代も、状況も違います。
けれど、共通していることがあります。
そのときの自分には、「その先」が見えていなかったこと。
それでも、時間が経って振り返ってみると、
あの出来事があったから、次の人生が始まった。
そう思えることがあります。
人生とキャリアを主体的にデザインしたい人に向けた、人生ストーリー
この4つの物語が、投資をしている人だけでなく、
「これからの人生をどう生きようか」
と考えている人にも、何か一つでも残ればと思っています。
そして、これから書く物語の先に、
私が現在取り組んでいる
「資産形成思想」
が、なぜ生まれたのかも見えてくるはずです。
よければお付き合いください。
次回【4大修羅場①】「退場すらできなかった若き日 」へ続く