「ありがとう」に飢えていた、数字の世界「社長、今日はどうしますか?」中学時代、クラスの行事に率先して首を突っ込む私を見て、当時の担任教師が半分はからい、半分は期待を込めて「社長」というあだ名をつけました 。当時の私は照れくさそうに笑っていましたが、幼心にもそのワードは強く響いており「いつか、自分の力で旗を掲げる人間になる」という静かな決意が、その頃から私の中に芽生えていたんだと思います。それから数十年が経ち、私は今、RE/MAX ANNA HOUSEという組織のオーナーとして、個性豊かなエージェントの皆さんと共に、かつてないほど刺激的な日々を過ごしています。しかし、ここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした 。私のキャリアの原点は、泥臭い「実力主義」の中にあります。学生時代、私は野球にサッカー、バスケットボール、陸上、そしてテニスと、とにかく体を動かすことに熱中する体育会系の人間でした 。スポーツを通じて学んだことは、個人の際立った技量以上に大切な「チームプレイ」の重要性。自分が主役となって点を取りに行くことだけが全てではありません。野球に例えるなら、4番打者に繋ぐための「つなぎ役」として、チャンスを演出する役割もあるんです。そういった献身がチームの勝利に繋がった時には、本当に嬉しく、私の人格形成にも大きな影響を与えました。そしてそれは今も私の経営哲学の根底に流れています。大学卒業後は証券会社に入社。選んだ理由は至ってシンプルで1990年代、まだ学歴が重んじられる風潮が残る中で、証券業界は「やった分だけ数字に現れる」という超実力主義の世界だったからです。そこではバブルの余韻が残る過酷な環境で、駆けずり回りながら私は顧客となる多くの中小企業の経営者の方々と対話。多くのことを学ばせていただきました 。彼等が語るサラリーマンとは違う物事の見方、経営者としての孤独、そして乗り越えてきた苦労話。それは、若かった私にとって何よりの教科書となっていました。しかし、証券の仕事には、拭いきれない葛藤も…。仕事の本質が相場に左右されるため、どうしても自分の努力だけではどうにもならない領域があります。時には大切なお客様に多大なご迷惑をかけ、厳しい言葉をいただくこともありました。数字は上がるかもしれない。けれど、そこには心からの「ありがとう」をあまり感じられずにいました。「もっと、目に見える確かなものを扱い、心から喜ばれる仕事がしたい」その渇望が、私を不動産業界という新しい舞台へと向かわせたんです。「厳しさ」という名の愛情、そして独立20代後半で転職した先は、当時大手不動産FCの加盟店として、売上日本一、さらには世界一を連続で獲得するほどの猛者が集まる会社でした。そこで出会った社長は、まさに私の人生における「キーマン」となった存在。その方はプロ野球の有名監督を彷彿とさせるような、極めて厳しく、そして情に厚い人物でした 。人にも自分にも妥協を許さないその姿勢に、私は強い衝撃を受け、必死に食らいつきました。その社長から学んだ経営の神髄や仕事への向き合い方も、今の私の背骨となっています 。しばらくして当時の上司が独立することになり、それに伴って転職。大きな会社ではなかったので「何でも屋」として営業はもちろん、事務処理、部下の育成、経営の裏側まで、トータルで仕事を完結させる経験を積みました。この時期、私はフルコミッション(完全歩合制)の営業も経験しましたが、不思議と不安はありませんでした。むしろ「稼げるから面白い」という、純粋な好奇心が勝っていたんです。しかし、45歳を目前にした時、私の中で眠っていた「自分の箱を持ちたい」という想いが、ついに抑えきれなくなりました。不動産業界に身を置いて約15年 。満を持して、私は起業の道を選びました。孤独な経営と、忍び寄る「飽き」起業当初は仲介業をメインとし、既存のマーケットだけでなく、業者への飛び込み営業や地主さんとの交流、紹介を通じて、泥臭く新規開拓に尽力。顧客に対しては、常に「調子のいいことは言わない」ことを信条とし、誠実に現実を伝えてきました。その姿勢が、結果としてお客様からの信頼を勝ち取ることになると信じていたからです 。しかし、順調に取引は多くなりつつも、経営者としての苦悩は深まっていきました。事務知識の不足からくる財務面での苦労、増え続ける広告費、そして膨れ上がる人件費。仕事もルーチン化され私の心はどこか疲弊していき、かつての情熱が少しずつ、指の間からこぼれ落ちていくのを感じ始めました。「私は、このままでいいのだろうか」長年、不動産実務を続けてきたことで得た安定。しかし、それは裏を返せば「新鮮さの欠如」を意味していました。日々の業務に、どこか飽きを感じ始めていたんです 。そんな折、世界を襲ったのがコロナ禍でした。 街から人影が消え、あらゆる流れが止まったことで、期せずして私に「考える時間」が 訪れました。その時、ふと目にしたのが、RE/MAXからのFAX。そこには、私がこれまで知っていた日本の不動産業界とは、全く異なるビジネスモデルが記されていたんです。直感的に惹かれましたね。そして、何よりも驚いたのは、RE/MAXで働く人々が、誰もが心から楽しそうに笑っていたことでした 。RE/MAXとの出会い。30年目の「ワクワク」新しい刺激を求めていた私は、思い切ってRE/MAXの門を叩きました。 初めて本部のメンバーや、他のオフィスオーナーの方々にお会いした時の衝撃は、今でも忘れられません。そこにいたのは、不動産業界特有のギスギスした雰囲気とは無縁の、多様でポジティブなエネルギーに満ちた人々でした 。調べてみると不動産業界一筋の人もいれば、全くの異業種から飛び込んできたオーナーもいる。私は自分が忘れていた大切なものを思い出しました。それは、未知の世界に対する純粋な「ワクワク感」です 。「この人たちと一緒に仕事をするなら、きっと楽しいだろう」その直感に従い、私は2023年5月、RE/MAXへ加盟。それは私にとって、単なるビジネスモデルの変更ではなく、生き方そのものを変える大きな決断でした。現在、RE/MAX ANNA HOUSEには20名近くのエージェントさんが所属しています。そして運営において大切にしているのは徹底した「透明性」。 私は自身の予定を、プライベートな用事も含めてすべてアプリでエージェント全員に公開しているんです。オーナーが今、どこで何をしているのか。誰と会っているのか。それがわかると、エージェントさん達も連絡を取りやすくなるのではと思い始めました。ガラス張りのコミュニケーション、それは信頼の礎になると信じています。また、以前は行っていた全体ミーティングをあえて減らし、今は個別の対面対話を重視しています。エージェントさんが多く集まると、一人ひとりの状況、悩み、夢はもちろん異なります。それらを掬い上げるには、一対一で向き合う時間こそが不可欠だと思ったからです。現在、私自身の仲介営業活動はほぼ引退しました。今の私のするべき仕事は、エージェントの方々が案件を成約させ、最高の笑顔を見せてくれる瞬間を創り出すことです 。かつてスポーツで学んだ「つなぎ役」として、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、背中を押し続けること。それこそが今の私の喜びとなっています。「不器用な情熱」が拓く未来私がエージェントさんに求めるもの、それはスキルの高さではありません。「素直な心」です。不動産の仕事は時に過酷で、思い通りにいかないことも多い。けれど、素直に学び、泥臭く継続できる人なら、私は全力でサポートします。エージェント候補の方とオンラインではなく、直接会って面談をすることにこだわっているのも、その人の「人となり」や「呼吸」を肌で感じたいからです 。私はAIやテクノロジーに詳しいわけではありません。むしろアナログな人間で、最先端の話題には今も苦労しています。けれど、それを補って余りある知恵と情熱が、RE/MAXというネットワークには溢れています。「叩かれても、這い上がる」それが私の強みです。そして私のようにそんな不器用な情熱を持つ仲間と共に、私はこれからも歩んでいきたい。RE/MAX ANNA HOUSEという場所が、誰かの人生を豊かにする最高の舞台になることを願ってやみません。この場所で出会う一人ひとりの「思い」に寄り添い、共に汗を流しながら、新しい不動産の景色を見に行けることを、私は何よりの楽しみにしています。一緒に、最高にワクワクする未来をつくっていきたいです。