心で届ける、真のサービス愛媛県松山市の田舎町で、私は母と二人で暮らしていました。体が弱かったこともあり、高校は通信制を選択。大学に進んでからは一人暮らしを始め、親に頼らず自分の力で生活を切り盛りしていました。昼は働き、夜は夜間部に通う日々の中で、心から夢中になれたのが「酒類販売」の仕事です。やがてソムリエを目指すようになり、30歳のときにフードビジネススクールへ入学するため大阪へ。通学と並行し鉄板焼き店でアルバイトをしていたある日、料理長の依頼で阿倍野の百貨店でワイン販売を任されることに。そこで偶然出会った生命保険会社の方とのご縁が、私の人生に新たな道をもたらしたのです。当時はバブル崩壊後で、飲食業界の将来に不安を感じていた時期。どうにか生活を安定させたいという思いから、悩んだ末に保険業界への転身を決めました。営業を始めた当初、「保険」と聞くだけで顔をしかめる人が多いことに驚きました。しかし勉強を重ねるうちに、保険は本来、人の暮らしに役立つ仕組みであり、多くの人がその本質を知らないだけだと気づいたんです。当時の営業手法は、設計書を並べて説明するだけの形式的なもので、お客様が理解できないのも無理ありません。だからこそ私は、マニュアル通りではなく、自分なりのスタイルで提案をしてみることにしました。お客様には、すでに加入している保険をすべて見せてもらい、人生設計を一緒に整理しながら、本当に必要な保障を一から考える。そんなスタイルは、周囲と比べると異質であり、時には上司から叱られることもありました。それでも私は「人の役に立てているならそれでいい」という想いだけで突き進み、その姿勢がお客様からの信頼やご紹介に繋がっていきました。その後も、お客様に心から喜んでもらえるようなサービス提供を大切に、インターネットの回線営業や介護職など多様な仕事に携わりました。しかし、「これが自分の道だ!」と思える仕事にはなかなか巡り合えず、どこかくすぶり続けていたのも事実。そんなとき、目の前の景色が一変するような出会いが私に訪れたのです。未経験からの挑戦に寄り添ってくれる大きな存在今から約2年前の私は、シングルマザーとして時給制の呉服販売をしながら、休日には日雇いのアルバイトもこなし、必死に働く毎日を送っていました。経済的な余裕はなく、「このままでいいのだろうか」と将来への不安を感じていたのを覚えています。年齢的にも、そろそろ腰を据えて長く続けられる仕事をしたいと考えていた時、「RE/MAX」の求人を見つけたんです。自分の裁量で働ける仕組みに大きな魅力を感じましたが、一方でエージェント活動には一定の費用がかかるため、不安もありました。しかし、「これはきっと自分を変えるチャンスだ」という直感を信じ、アルバイトを続けながら挑戦してみることに。どのオフィスに所属するか迷っていたとき、RE/MAX SUNの井川オーナー(以下:社長)が居住支援や空き家問題に力を入れていることを知りました。「ただの仲介業務だけでなく、人助けに近い仕事のほうが自分は向いているかも」そう感じていた私は、とても興味が湧きました。実際に社長の前向きで明るいエネルギーに触れると、「この人と一緒に働きたい」と素直に思ったのです。その瞬間から迷いはゼロ。RE/MAX SUNへの加盟を即決しました。活動をし始めてからは、社長がエージェントのために惜しみなくサポートや費用をかけてくださっていることがよくわかり、オフィス運営の大変さも理解しました。「この金額でそこまでしてくれるの?」と驚いたほどです。もちろん、何もしなければ高く感じるかもしれませんが、本気で取り組めばそれ以上の価値を得られる環境だと思っています。そんなある日、フードコートで仲良くなったネパールの方から、同じくネパール出身のご友人を紹介され、「店舗を探していて、家も購入したい」とのご相談を受けました。外国人の方がローンを組むのは難しく、話は難航しましたが、なんとか対応可能な銀行を見つけ、ひと安心。……と思ったのも束の間、今度は管理会社とのやり取りでトラブルが発生。初めてのことでどう対応していいかわからず、社長に相談したところ、「わしが一緒に行ったるよ」と現場へ同行してくれたのです。そして、これまで折り合いがつかなかった話も解決に導いてくださり、その様子を目の前で見ることができたのは、とても勉強になりました。社長は、ただ“ボス”として構えているだけではなく、いつも周囲に目を配り、必要なときには的確なアドバイスをくれる人です。「まずは自分でやってみな」と背中を押しつつ、困ったときにはしっかり支えてくれる。その温かさに、何度も救われました。未経験で飛び込んだ不動産業界。戸惑いや、心が折れそうになる瞬間もありますが、そんなとき社長の存在がどれだけ心強いか。言葉では言い表せないほどの安心感を与えてくれています。ただ、目の前の人のために現在の日本には、20万人以上のネパール人が暮らしていますが、生活基盤を支える仕組みは、まだ十分とは言えません。住まいを確保するだけでも大きなハードルがあり、たとえ賃借や購入が可能だったとしても、そこで安心して暮らせるかどうかは、また別の話です。だからこそ私は「仲介」だけに留まらず、引っ越しの手伝いやリフォーム時のゴミ回収、行政手続きへの同行、時にはお子さんのお世話まで、できる限りのサポートを行っています。ネパール語も英語も話せませんが、翻訳機を使って必死に気持ちを伝えています。「ここで安心して暮らしてほしい」という想いがあれば、言葉の壁も乗り越えられると実感しています。私にとって大切なのは、今、目の前にいる人が元気に働き、子どもたちが学校に通い、家族が安心して暮らせることなのです。また、社長が「一般社団法人 あんしん生活協議会」の兵庫県代表理事を務めているご縁で、私も高齢者の居住支援に携わっています。あるとき担当したのは、体は元気だけれど、耳がかなり遠いご高齢の方で、生活のちょっとしたことにも困る場面が多くあるようでした。こうした方が安心して暮らすには、やっぱりその人に合った住環境が必要だと思い、私はその暮らし作りのお手伝いもしています。いずれ誰もが迎える“老後”。それにも関わらず、今の社会がその現実にきちんと向き合えていないことに、疑問を感じます。私がこうして動くのは、「社会貢献をしたい」という立派な理念からではありません。ただ、「不安を抱えたまま生活してほしくない」その一心です。高齢者や何らかの困難を抱える方々が、“安心して穏やかな日々を過ごせる”ということ。それが、今の日本ではまだまだ“狭き門”であると痛感しているからこそ、私はその支援に価値を感じています。生活に必要な当たり前を整えること。それが、本当の支援なのではないかと、心から思います。中途半端では終わらせない。覚悟が築く未来創造現在、私は日々の忙しさの中でも、宅建士の資格取得に向けて勉強を続けています。なぜなら、「中途半端な気持ちでこの仕事をしてはいけない」と強く思うからです。不動産の仕事は、予期せぬトラブルや判断が求められる場面が多くあります。そんなとき、お客様としっかりと向き合い、責任を持ってサポートできる自分でありたい。「何かあったら、まずは崎村さんに相談してみよう」と頼ってもらえる存在でありたいと願っています。さらに今後は、外国人の方々が安心して暮らせる受け入れ環境を、大きな枠組みで整えていくような活動にも関わっていきたいと考えています。また、高齢者と不動産の間に、もっと深いつながりを持たせる必要性も感じています。こうした取り組みが広がれば、貸す側も借りる側も、お互いに安心できる社会がきっと実現できるはずです。実際、住まいを借りにくい方々の物件探しは、今も本当に大変です。課題は山積みで、私自身、まだその入り口に立ったばかりですが、失敗や反省を繰り返しながら一歩ずつ前に進んでいると感じています。日本人とか外国人とか、若者とか高齢者とか、そういう“枠”を超えて、人と人とのつながりには、もっと深くて、あたたかいものがある。誰もが穏やかな明日を過ごすために――これからも心を込めて支援していきます。