STORY

考えるよりもまず行動――その一歩が人生の財産に
RE/MAX Amistad Rukiye TohtiREMAX×STORY

エージェント

▲写真右

日本と関わることになったのは、広島の大学院への留学がきっかけでした。

そこから今RE/MAXエージェントとして活動するまでの、そこそこ長い(笑)道のりを少しお話しようと思います。

 

私は新疆ウィグル自治区出身です。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、今は中国の一部となっています。

母国語はウィグル語なのですが、学生の頃から中国語の教育が義務化されていました。

大学へ進学するためにも、1年間の中国語の勉強がマストで、そこを通らずには入学できない状況でしたが地元の大学へは無事進学。卒業が近づいてきた頃、外の世界をもっと知りたいと思うように…。

小学生の頃に見た海外ドラマで、違う顔をしている人が違う言葉を話しているのが不思議で、自分もその言葉を話してみたいと思っていたのが原点なのですが、7人姉兄の末っ子で甘やかされていた自覚もあり(笑)、自分の力がどこまで伸び、どこまで通用するのかも知りたくなったんですよね。

そしてアメリカへの留学を父に打診。

答えは『NO』でした。

理由としては、身寄りのない外国に若い娘一人送るのは心配という一点。父も気持ちもわかります。

それでも、外の世界で学びたいという気持ちが抑えることができず、それを伝えると、父から姉が住んでいる日本だったら行っても良いという返事が。

実は、私の義理兄が広島の大学で数学を教えていたんです。

彼はウィグル人で姉と結婚後に日本に留学して数学を学び、卒業後は家族も一緒に日本で仕事をし生活していました。

 

そんな訳で留学先は日本となり、渡日。

日本語の知識は全くなかったので1年間YMCAで日本語を学んだ後、県立広島大学の大学院へ。

健康食品学の修士課程の間、研究所で研究をしていたのですが、まあ大変でした(笑)。

10時間、20時間と続く実験の日々。チームの一員としてやりがいは感じつつも、自分にはこの場所は合っていないのではと感じ始め…。教授からは卒業後、博士課程を取って准教授へと勧められていたのですが、人と話すことが大好きな自分がこれからもずっと研究室にこもって仕事をするという道は、やはり選ぶことができませんでした。

 

その後、英語をきちんと学ぶべく、アルバイトで貯めた資金でニュージーランドへ留学予定も、大きな地震で建物が崩壊。そのとき29歳。父から帰国を懇願されていて、これ以上心配かけるのはどうかと思い、帰国を決めました。

 

帰国時のウィグルの状況は、留学前と比べて良くない方へ変わってしまっていたのですが、そこにいる人達はそれが当たり前になっていました。私の性格上、その状況に対して黙っておられず、物怖じもせずに色々発言していたんですよね。

それを見ていた父は、ルキヤは今ここにいるべきではないと思ったようで…、再度海外渡航の許可がでました。
以前から興味のあった国の一つで、ウィグルから近く治安も安定したトルコなら父も安心ということで、トルコに行くことにしたんです。

 

トルコ語ですか?もちろん、話せません(笑)。

一人旅をしている道中ウィグル人でトルコ語を話せる方と出会い仲良くなりました。

彼女はトルコの旅行会社の採用試験を控えていたのですが、心細いからルキヤも来てほしい言われ、付き添うことに。

実はその旅行会社、日本もマーケットにしており、しかも数日前に日本人スタッフが辞めてしまっていて、日本語対応枠の席が一つ空いていたんです。

なんと翌日から私も働くことに(笑)。

打診されたときは、トルコ語もまだ話せないし、トルコの地の利もわからない…、果たして自分に務まるのかと心配でしたが、私の留学経験を聞いた社長さんが、背中を押してくれたこともあって、とにかくチャレンジしてみることにしました。

 

始めてみるととても楽しい仕事でしたね。

留学時代、アルバイトでホテルや居酒屋、結婚式場で働いていたので、人とコミュニケーションを取ることが好きでしたし、得意だったんです。

これまで学んできた中国語、日本語、英語、トルコ語を生かし、海外生活の経験をもとに世界各国の外国人顧客と円滑にコミュニケーションを取ることができました。各国のニーズに合わせたカスタマイズ旅行プランを提案し、売上目標を4年連続で達成しセールスマネージャーに昇格。
楽しく毎日を過ごしていたのですが、ふと、このままこの仕事を続けていくのかと、また自問するようになりました。

そして、プラスアルファの楽しみを提供する仕事ではなく、本当に困っている人を助ける仕事をしたくなったんです。

そんなことを考えていた矢先、留学時代の研究やトルコでの実績を評価され、日本の大きな食品会社からインドでの新規プロジェクトの立ち上げメンバーとしてスカウトを受けました。聞くと、その事業が進行することによって、インドの貧困層へ仕事を提供することができ、劣悪な環境から女性や子どもを救うことができる仕事とのこと。

2018年11月、再び日本での生活が始まりました。

初めての日本企業での仕事。

やりがいのある仕事に胸を膨らましていたのですが、蓋を開ければ、旧態依然とした会社の体質…。それでもプロジェクトを成功させるために奮闘していました。

しかし、もうすぐ形になるというところで、実は資金調達がうまくいっていなかったことが判明したんです。知らされていませんでした。志半ばでそのプロジェクトは一旦ストップ…。

その後、配属となった先にはやりがいを感じられず、転職することを決めました。

 

さあ次は何に挑戦しようと探していたとき、トルコでRE/MAXのエージェントをしている友人がアドバイスしてくれたんです。ルキヤは人と話すことが上手で好きだから、日本にもRE/MAXがあるなら話を聞いてみたらと…。

 

ここでRE/MAXと出会うことになりました。

時間や場所、会社のルールに縛られないRE/MAXの不動産エージェントの働き方や会社の理念に魅力を感じ、早速加盟。RE/MAX Amistadへ所属することに。

そこに所属するエージェント全員が英語や中国語等、外国語を話せることができ、お客様も外国籍の方が多いとのことで、これまでの経験が生かせる場所だと思いました。

不動産の仕事をしたことあるかって?いいえ、ありません(笑)。

でも、オフィスオーナーや経験豊富なエージェント仲間がそばにいるので、わからないこともすぐに解決でき、とてもありがたい環境です。

 

エージェントをはじめて3か月程ですが、毎日の学びで少しずつ物件の難易度がわかるようになってきました。

今はまず不動産の知識を身に付けることを最優先にしていますが、今後はこれまでの経験も生かして活動していく予定です。

私は世界各国のさまざまな人と出会い、その時の自分とは違うその方たちの良いところをたくさん吸収してきました。それは私の財産であり強みです。お客様との信頼関係が要となるこの業界でも役に立つと思っています。

お客様も千差万別、物件も千差万別ですが、これからも引出しを増やし安心して相談していただけるエージェントになりたいです。

「不動産=ルキヤ」って思ってもらえるように活動していきます。

 

今のビジネスが軌道に乗ってきたら、また社会改善に繋がるプロジェクトの一員として、困っている方の力になりたいですね。

お金は生活するのに大切ですが、やりがいがあるかどうかはもっと大切にしているので。

RE/MAXでは不動産事業はもちろん、そこから繋がるやりがいもたくさんみつかりそうで、今後を楽しみにしています。